1〜2年目の“中だるみ”をどう越えるか 現役が語る“続ける力”の磨き方

“センスの壁”にぶつかったとき デザインと文章の狭間で迷う1〜2年目へ

入社して半年が過ぎたころ、
「この仕事、自分にはセンスがないのかもしれない」
そう思ったことがある人は、きっと少なくない。

僕も同じだった。
デザイナーの提案はいつも洗練されて見えて、
ライターの言葉はどれも芯を突いている。
そのあいだに立つ自分は、何も“生み出せていない”ように感じていた。

レビューの場で言葉が出てこない。
「良いとは思うけれど、なんか違う」その“なんか”が説明できない。
デザインを見る目も、文章を整える力も、どちらも中途半端。
そんな自分が、ディレクターとして何をしているのか分からなくなる時期がある。

けれど今思えば、その“迷い”は成長の手前にある通過点だった。
センスが足りないのではなく、まだ“見え方の焦点”が合っていなかっただけ。

今回は、デザインと文章の狭間で迷う1〜2年目に向けて、
僕がどうやって“センスの壁”を越えてきたのかを話したい。

“センス”は才能ではなく、観察の積み重ね

最初に伝えておきたいのは、
センスとは「持っているもの」ではなく「育てるもの」だということだ。

新人のころ、尊敬していたデザイナーがいた。
彼はいつもレビューで、落ち着いたトーンで言葉を選んでいた。
「ここ、ほんの少し間をあけよう」「文字のニュアンスを一度やわらげよう」
その調整が、画面全体の雰囲気をやさしく整えていた。

当時の僕には、何が違うのかほとんど見えていなかった。
そこで、「分からない理由」を観察することから始めた。

なぜこの人の判断に納得感があるのか。
なぜ自分は引っかかるのか。
その小さな違和感をノートに書き続けた。

センスとは、観察の密度なのだと思う。
違いの理由を拾い続けていると、
気づけば自分の中にも“判断の勘”のようなものが育っていた。
急に開花するものではなく、ゆっくりと積み重なる。
それが最初の壁を越える道だった。

「正解を出す」より「問いを残す」

1〜2年目の頃の僕は、
「早く答えを出さなきゃ」と焦っていた。

でもある日、ベテランに言われた。
「正解より、考えたくなる問いを残す方がチームは前に進むよ。」

最初は意味が分からなかったが、
答えを急いで提示すると、そこで会話が止まってしまうことが多かった。
一方で、「この表現って、誰の気持ちを支えているんだろう?」
そんな問いを置くと、議論が自然に動き出した。

“センスがある人”とは、
正解を持っている人ではなく、良い問いを投げられる人だと思う。

問いが生まれると、デザイナーもライターも同じ土俵で考え始める。
レビューの空気もゆるやかに流れ出す。
センスとは、人の思考を動かす言葉でもある。

僕はその日から、答えを競うのをやめ、
問いを置く側に回るようにした。

“良いデザイン”より“気持ちよく流れる体験”を探す

センスの壁にぶつかると、どうしても“見た目の良し悪し”に気持ちが向く。
僕も最初はそこにこだわっていた。

しかしUX寄りの仕事を続けるうちに、
本当に大切なのは“静止画の美しさ”ではなく、
次の行動へと自然に進みたくなる流れだと気づいた。

たとえば、
・目線が迷わず動くか
・コピーを読んだ後、気持ちが前へ向かうか
・立ち止まったときに戻る場所が見えるか

こうした“流れの整い方”こそがUXの核心であり、
センスはその流れを感じ取る力なのだと思う。

見た目の判断から、“動きの手触り”への視点を持つ。
それだけでデザインと言葉の境界がゆるやかにつながり、
レビューの見え方が変わってくる。

“うまく言えない”時期を怖がらない

1〜2年目で多い悩みが、
「レビューで言葉が出てこない」というもの。

でもこれは、観察が深まりはじめたサインでもある。
情報量が増えると、言語化が追いつかなくなる。

僕は、“言えない自分”を責めるのをやめ、
そこにある“もやもや”の形だけメモに残すようにした。
時間を置いて見返すと、
その曖昧さが少しずつ輪郭を持ちはじめる。

センスの壁を越えるには、
うまく言えない時期を耐える力が必要だと思う。
急がず、ゆっくり熟すのを待つ。
その姿勢が、いつか“言える自分”へつながっていく。

“わかる人”より“気づける人”になる

センスを磨く最後の鍵は、
「わかる」より「気づける」状態に自分を置くことだ。

わかろうとすると、答えにまっすぐ走ってしまう。
けれど、気づこうとすると、他人の意図や背景を拾うことができる。

「この表現を作った人は、何を大切にしていたのだろう?」
そんな視点で作品を見ると、
デザイナーともライターとも自然と呼吸が合ってくる。

センスは才能ではなく、関係性の中で育つ感性だと思う。
他人の視点と自分の視点が重なる場所を探す。
その積み重ねが“続ける力”を支える。

迷いながら進むほうが、結果的に遠くまで行ける。

“慣れ”で鈍ったら、観察を取り戻す

1〜2年目は、慣れが生まれて、判断が雑になりやすい時期。
でも、それは成長が止まったのではなく、
“観察のアンテナ”が少し鈍くなっただけだ。

センスの壁は、越えるものではなく、
歩きながら磨き続けるもの。

今日の違和感は、明日の気づきになる。
その積み重ねこそが、
デザインと言葉の狭間で働くディレクターの“武器”になる。

焦らず、比べず、観察を忘れずに。
それだけで、視界はふたたび開いていく。

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投稿者

中村 海斗
中村 海斗
デザイナーからUXライターへ転身。構成と表現のバランス感覚に優れ、デザインの意図を“言葉”として翻訳することを得意とする。デザインとライティングの橋渡し役として、UIテキストや構成設計、トーン&マナーの整備を支援している。