全部拾おうとするから 現場はしんどくなる

2026年、僕が関わり方を変えようと思った理由

年が変わるタイミングになると、「今年はこうしたいな」とか、「去年のままじゃダメだよな」とか、自然と仕事の向き合い方を考えます。
2026年を迎えた今、僕が一番強く思っているのは、もう全部は拾わない、ということです。

これは、手を抜きたいとか、責任を軽くしたいとか、そういう話ではありません。
むしろ逆で、ディレクターとしてちゃんと働き続けるために、関わり方を変えたい、という話です。

去年の僕は、かなりのものを拾っていました。
仕様の細かい相談、実装前のちょっとした不安、誰に聞けばいいか分からない質問、判断が固まっていない段階での壁打ち。
拾えるものは全部拾う、気づいたら全部自分のところに集まってくる、そんな状態でした。

それなりに現場は回っていましたし、「助かってます」と言われることも多かったと思います。
でも正直に言うと、ずっとしんどさもありました。

一日が終わったときに、「今日は何を前に進めたんだっけ」と分からなくなる感じです。
ずっと動いているのに、ちゃんと進んでいる感覚がない。
この感覚は、ディレクターをやっている人なら心当たりがあるかもしれません。

全部拾おうとすると、時間はどうしても細切れになります。
集中して考える時間が取れなくなって、結果的に一番重要な判断ほど後回しになっていく。
その結果、自分が本来やるべき仕事が、いつの間にか一番後ろに追いやられてしまう。

去年を振り返ってみての反省は、「頑張り方を少し間違えていたな」という一点でした。
拾うこと自体は悪くないし、むしろディレクターの強みでもあります。
でも、拾い続けることそのものが価値だと思い始めた瞬間に、少しずつ歯車がズレていく。

僕はテクニカルディレクション寄りの立場なので、技術まわりの話が自然と集まりやすいです。
CMSの仕様、実装の可否、APIのつなぎ方、QAで見つかった微妙な挙動。
分かるから拾ってしまうし、説明できるから引き受けてしまう。

ただ、それを続けていく中で、ひとつはっきりと気づいたことがありました。
それは、自分が拾えば拾うほど、他の人が考えなくなっていく、ということです。

誰かが判断する前に、自分が整理してしまう。
誰かが悩む前に、自分が答えを出してしまう。
一見すると現場を助けているように見えますが、長い目で見ると、チームの判断力を少しずつ削ってしまっている。

このことに気づいたのが、去年の後半でした。
だから2026年は、僕自身の役割を少し変えていこうと思っています。

全部拾わない。
でも、全部を見る。

この距離感を、今年はちゃんと身につけたい。

具体的には、「整理する側」にもう一段、軸足を置きたいと思っています。
何か相談が来たときに、すぐ答えを出すのではなく、それが要件なのか、仕様なのか、単なる不安なのか、それとも判断が必要な論点なのかをまず整理する。
形にして、場に返して、誰が考えるべきか、誰が判断するべきかをはっきりさせる。

全部を自分の中で抱えない、という選択をする。
去年までの僕は、「自分が持っておいたほうが早い」と思いがちでした。
でも今年は、「自分が持たないほうが、現場が強くなる」という判断を、ちゃんと選んでいきたい。

もちろん、簡単なことではありません。
拾わないというのは、正直なところ、少し怖さもあります。
でも、拾わないからこそ見える全体もあるし、自分が一歩引くことで、誰かが一歩前に出る瞬間も確実にある。

2026年、僕がしたい仕事は、「何でもできる人」になることではありません。
現場が無理なく回る状態を作ること、誰か一人に負荷が偏らないように構造を整えること。
全部拾わなくても、ちゃんと関われる、そういう関わり方を自分自身で証明していきたいと思っています。

この一年は、そのための練習の年です。

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投稿者

林 颯真
林 颯真
フロント寄りの技術に強いテクニカルディレクター。
実装やCMSの仕組みを、現場視点でわかりやすく翻訳するのが得意。
エンジニアとチームの橋渡し役として、実務の整理に力を発揮する。