Webディレクター、あえて「わかったふり」をやめてみる

「ユーザーはこう思うはず」で外したこと、だいたい一回はある

「ここ、ユーザーはこう思うはずなんですよね」

会議で一回は言ったことあると思います。私はあります。
しかも結構な自信で言ってました。

で、どうなったかというと。ユーザー、何も思ってなかった。

あるあるすぎて笑えないんですけど、これ本当によくあります。

ペルソナを作るほど、ユーザーが「分かった気」になっていく

若手のころ、UXの打ち合わせに初めて入ったとき、先輩が言ったんです。
「まずペルソナ作ろうか」と。

ペルソナというのは、プロジェクトの「典型的なユーザー像」を架空の人物として設定するやつです。名前、年齢、職業、趣味、行動パターン、悩み。それをシートに落とし込んでいく。

あわせてカスタマージャーニー、つまりそのペルソナがどんな流れでサービスと接触して、どう感じながら行動するかの地図も作ります。
「ここで不安になる」「このタイミングで背中を押す情報が必要」みたいなことを可視化するやつです。

最初はこれが便利でした。
「この人ならこう思う」という軸ができて、議論のブレが減る。共通言語になる。
良いものだと思ってた。

問題は、これをちゃんとやればやるほど、「もうユーザーの気持ち、わかってるでしょ」という確信が強くなっていくことなんですよね。

分かってない。全然分かってない。

ある日、ボタンが一切押されてない事件が起きる

あれは忘れないです。

「このボタン、絶対押されるはずです」と言って、めちゃくちゃ目立たせた。
色も変えて、サイズも大きくして、テキストも何度も見直して、導線もちゃんと引いた。
ペルソナ的に考えても「ここで背中を押す要素があれば自然に進む」という根拠もあった。
完璧だと思ってた。

公開後。ヒートマップを開きます。

誰もそこ見てない。クリック数、ほぼゼロ。

「え?」ってなって、セッション録画を見ました。
みんな普通に無視してる。
目立たせたはずのボタンを、なんとなくスクロールで飛ばしてる。
そのとき初めて思ったんです。「ユーザー、想像より自由だな…」

丁寧に書いた説明、誰にも読まれてなかった話

別の案件でもあります。

「この説明、もうちょっと丁寧に書いた方がいいですよね。ユーザーがここで迷わないように」

正しいことを言ってます。
ちゃんとユーザーのことを考えてる。
なので書きました。背景情報から、手順の説明から、注意事項まで、めちゃくちゃ丁寧に。

結果、スクロールされて終わり。誰も読んでない。むしろそのブロックで離脱してる。

このとき思いました。
「丁寧って、重いこともあるんだ…」

ユーザーにとって「丁寧な説明」は、「読む価値がある情報」じゃなくて「量が多い文章ブロック」に映ることがある。
認知の負荷でいうと、親切心が逆効果になる。
これ、若手のころはまったく考えてなかった視点です。

誤解の正体は「ペルソナ=ユーザー」という思い込み

ここで一回整理します。

ペルソナもジャーニーも、悪くないです。むしろ必要です。
でも問題はここ。
ちゃんと作るほど、信じてしまう。

ペルソナをリアルに書くじゃないですか。
年齢、職業、家族構成、よく見るSNS、悩みのパターン。
書けば書くほど「この人、こう考えるよね」という感覚が強くなる。

でもそれ、自分で作った人です。

現実のユーザーは、そのシートの外にいます。
名前も悩みもバラバラで、あなたのサービスのことを今日初めて知ったかもしれないし、めちゃくちゃ急いでる状態でたどり着いたかもしれない。

ペルソナは「思考の補助線」であって、「正解のユーザー」ではない。
ここがいちばんやりがちな誤解だと思っています。

ユーザー、思ってるより雑に使ってくる

これ、ちょっと言い方悪いんですけど。ユーザーって、思ってるより雑です。いい意味で。

・説明、読まない
・ボタン、なんとなく押す
・迷ったら戻る
・よくわからなかったら閉じる

ちゃんと読んで、ちゃんと理解して、順番通りに進んでくれる。
そんな理想のユーザー、なかなかいません。だからこういうことが起きます。

「ここで比較してから選ぶはず」
→ 比較しないで一番上を押す。「この情報を読めば安心するはず」
→ そもそも読んでない。「この順番で進むはず」
→ 途中で別のページに行く。

自由。

UX的に言うと、ユーザーは「最短で目的にたどり着こうとする」行動をとります。
あなたが用意した導線じゃなくて、自分にとって一番楽な経路を探してる。
それが「雑に見える動き」の正体です。

「わかってるつもり」が、一番精度を落とす

ここが一番大事です。

経験を積んでくると、こうなります。
「ペルソナもある。データもある。経験もある。だから大丈夫」。
この状態のとき、だいたい外します。

逆に、「これ本当にそうかな?」ってちょっと引っかかってるとき。
不安なまま進めるとき。そのときはそんなに外さない。

つまり、迷ってる方がマシ。

UX設計でいう「確認バイアス」に近いんですよね。
自分の仮説を支持する情報だけ目に入って、反証を見落とす。
ペルソナへの過信は、このバイアスを強化する。

仮説は「検証するもの」なんですけど、思い込みになった瞬間「確認しないもの」になる。
この切り替わりが静かに起きるから厄介です。

じゃあどうする?「はず」を一回だけ止める

全部疑うと進みません。でも、一回だけ止める。
これだけでだいぶ変わります。

「ユーザーはこう思うはず」って出てきた瞬間、「本当に?」 これを一回だけ入れる。

さらに余裕があれば、「それ、どこで見た?」と聞く。
データなのか、過去の経験なのか、なんとなくなのか。
ここが見えると、次に取るべき行動が変わります。
データがあるなら信頼していい。
なんとなくなら、簡単な確認を一個はさむ。

実際に私がやるようになったのは、こういう小さい確認です。
ヒートマップを公開前に想定して書いておく。
「このボタンはここに集中するはず」と予測を書いてから公開して、実際と比較する。
当たってるか外れてるかより、「どこがズレたか」を見る方が学びになります。

今日から使える、ちょっと意地悪な質問

そのまま使えるやつを置いておきます。

「それ、ユーザーそこ見てますか?」
「そこまで読む前提ですか?」
「急いでる人でも成立しますか?」

これ、ちょっと意地悪です。でも、めちゃくちゃ効きます。
特に最後の「急いでる人でも成立しますか?」は、私が一番よく使う問いです。

ユーザー、だいたい急いでます。スマホを片手に、別のことを考えながら、なんとなく開いてる。
そこに丁寧な説明を置いても読まれないし、凝った導線を用意しても気づかれない。
「急いでる人でも成立するか」を基準にすると、だいぶ現実に近い設計になります。

それでもまた、「こう思うはず」って言っちゃう

ここまで言っておいてなんですが、また言います。
「ユーザーはこう思うはず」。
たぶん来週も言います。

でも前と違うのは、心の中で一回だけこう思ってることです。

「いや、思わないかもしれないな」

この一瞬があるだけで、だいぶ変わります。
完璧じゃなくていいんです。わかったふりをちょっとやめる。
それだけで、外し方は変わります。

そしてだいたいまた外すんですけど、前よりちょっとマシに外します。

ディレクターって、そういう生き物です。

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投稿者

小川 紗英
小川 紗英
UIデザイナーからUXライターへ転身。SaaS開発チームでの経験を活かし、「デザインと言葉の橋渡し役」として活動中。UI文言やオンボーディング設計、エンプティステートなど、プロダクト体験を支える言葉づくりを得意とする。