これから Webディレクターになる人へ 現役が語る“向いてる・向いてない・その先のリアル”

デザイナーでも、文章が得意でもない僕が“UX寄りディレクター”になれた理由

「デザインもコピーも、どちらも中途半端なんですよね。」
Web業界に入ったばかりの頃、僕はそう自己紹介していました。

周りには、専門学校でグラフィックを学んだ人、
編集経験を持つライター、元エンジニアの人。
どの肩書きにも当てはまらない自分に、
“ディレクター”という肩書きだけが、なんとなく与えられた。

「全部わかってる人」ではなく、「全部わからないけど整理できる人」。
そんな立ち位置から始まった僕のキャリアは、
気づけば“UX寄りディレクター”という方向に落ち着いていました。

デザイナーでもない、ライターでもない。
それでもユーザー体験を設計する仕事にたどり着けたのは、
特別なスキルではなく、“観察する力”を育ててきたから。

今回は、そんな僕が「どうやってUXの世界に寄っていったのか」を、
現場の視点からお話しします。

「つくる」より「感じる」から始まった

僕が最初に担当したのは、地方自治体のサイトでした。
構成表を見ても専門用語ばかりで、正直、何から手をつければいいのか分からなかった。
それでも、ひとつだけ大切にしたことがあります。
“自分がユーザーだったら、どこで止まるか”を想像すること。

デザインの良し悪しを語る前に、まず「流れの心地よさ」を観察した。
ボタンの位置、見出しの言葉、余白の広さ。
「なぜここで安心するのか」「なぜ次に進みたくなるのか」をひとつずつノートに書き出した。

その作業は、まるで“感じた空気を翻訳する”ような感覚でした。
デザインを“読む”ことから、僕のUXの入り口が開いたのです。

それ以来、僕の中では「つくる力」より「感じ取る力」が軸になっています。
これは、デザインスキルよりも早く育てられる能力です。
センスではなく、観察。
誰でも“見る目”は鍛えられる。
UXディレクションの第一歩は、そこから始まると今も思っています。

「言葉にできない違和感」を残す勇気

レビューの場では、しばしば「違う」と感じても言葉にできない瞬間があります。
以前の僕は、その“言葉にならない違和感”を見なかったことにしていました。
けれどある日、デザイナーの同僚がこう言ったんです。
「その“もやもや”が、いちばん大事なんだよ。」

確かに、違和感の中にはユーザーの感情が隠れている。
「ちょっと遅い気がする」「少し詰まってる」その感覚を、
無理に正論で言い換えようとしないで、そのまま残しておく。

後から検証して、「この位置で視線が止まる」「ここで離脱が起きる」と分かると、
あのときの違和感が“根拠”に変わる瞬間があります。

UX寄りディレクターの仕事とは、
必ずしも“言語化できる人”ではなく、“違和感を置いておける人”。
その小さな観察の積み重ねが、ユーザー理解につながっていく。

正しさよりも、静かに気づきを拾う力。
それが、僕にとってのUXの入り口でした。

「理解する人」より「整える人」でいる

UXの現場で求められるのは、専門知識よりも、
異なる専門を持つ人たちの言葉を整える力です。

デザイナー、ライター、エンジニア、クライアント。
それぞれが違う言語で“ユーザー体験”を語っている。
僕の仕事は、その言葉たちを一度受け止め、
ひとつの“構造”にまとめていくこと。

たとえば、ライターが「優しいトーンで」と言い、
デザイナーが「コントラストを強めに」と言う。
一見、矛盾しているようでも、
実はどちらも“伝わりやすさ”を求めている場合がある。

そんなとき僕は、単語ではなく“意図のレイヤー”で会話を整える。
「伝わりやすさ」という共通項を見つけることで、
議論が“正しさ”から“共感”に変わる。

この“整える力”が育つと、チームの空気が静かに整っていく。
UXディレクションとは、誰かの上に立つことではなく、
異なる考えをひとつの流れに整える仕事だと思います。

「成果」よりも「体験の記憶」を残す

UXの仕事は、目に見える成果よりも、
“感じ方の変化”を扱う仕事です。

リニューアル前後の数値が良くなっても、
ユーザーが「なんだか使いやすくなった」と思えなければ意味がない。
逆に、数値にまだ現れなくても、
「前よりストレスが減った」「迷わなくなった」と声が上がるなら、
それは確かな成果です。

僕が意識しているのは、“体験の記録”をチームで残すこと。
たとえば、ユーザーテストで出た感想や、レビュー時の議論を
“判断のメモ”として残す。

それは次のプロジェクトで、
「前にこういう違和感があったね」と再利用できる。
UXディレクターの仕事は、体験を観察し、構造化し、
チームの“記憶”として残すこと。

僕はそれを“静かな成果”と呼んでいます。
派手ではないけれど、確かに次の体験を支える成果です。

“向いていない”と思った瞬間こそ、始まりかもしれない

僕がこの仕事を始めた頃、
「デザインも書くことも得意じゃないのに、続けられるだろうか」と不安でした。
でも今思えば、その“得意じゃない”が武器になったのだと思います。

完璧にこなせないからこそ、
人の力を借りる、観察する、聞く。
その姿勢がUXディレクションの基礎になりました。

向いている人とは、センスがある人ではなく、
“気づける人”だと思う。
向いていない人とは、気づかないまま走り続けてしまう人。

そして、その“気づき”は誰にでも育てられます。
観察し、構造を見つけ、共有する。
この3つの繰り返しで、誰でもUXの思考に近づける。

僕は今も、デザインを完璧に理解しているわけではありません。
でも、画面の中にある“静けさ”を読むことならできる。
その余白を感じ取る感性があれば、
どんな人でもUXディレクターになれると、今は信じています。

“感覚の翻訳者”としてのディレクターへ

UX寄りのディレクションとは、特別な専門領域ではなく、
人の感情や行動を“翻訳する”仕事です。
数字より、説明より、体験の呼吸を整える。

「なんとなく心地いい」その理由を探す人が、
これからのWeb制作にはきっと必要になる。
デザインが好きでも、文章が苦手でも、
観察と思考を重ねれば、誰でもその橋渡しができる。

正確さよりも、共感を。
正しさよりも、残る仕組みを。
そして、自分の“感じる力”を信じて、
静かにユーザーの世界をつないでいく。

それが、僕が“UX寄りディレクター”として歩いてきた理由です。

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投稿者

中村 海斗
中村 海斗
デザイナーからUXライターへ転身。構成と表現のバランス感覚に優れ、デザインの意図を“言葉”として翻訳することを得意とする。デザインとライティングの橋渡し役として、UIテキストや構成設計、トーン&マナーの整備を支援している。