なぜWebディレクターになったのか 現役が語る“はじまり”と1年目のリアル

“優しさ”が空回りした新人時代 支える仕事を選んだ私のはじまり

Webディレクターとして働き始めた頃、私は「誰かの役に立ちたい」という気持ちだけで動いていました。
クライアントが困っていれば駆けつけ、制作チームが疲れていればフォローに入り、
周りが少しでも楽になるように…そんな想いで毎日を過ごしていました。

けれど、ある時ふと気づいたのです。
私が良かれと思ってやってきた“優しさ”が、
必ずしも相手のためになっていない瞬間があるということに。

新人の頃の私は、誰かに頼られることがうれしくて、
「できることは全部やります」と言ってしまうタイプでした。
でもその“がんばり”が、チームの仕事の流れを乱したり、
かえって相手に負担をかけたりする場面があった。

あの頃の私は、支えるという言葉の「意味」も「重さ」も知らなかった。
ただ、目の前の人の役に立ちたいと願っていただけなのに、
その優しさが不器用に空回りすることも多かったのです。

この記事では、
私がWebディレクターという仕事を選んだ理由と、1年目に経験した“優しさの空回り”から学んだことを、少し丁寧に書いてみようと思います。
これからこの道を目指す方が、自分の“はじまり”を見つけるヒントになれば、うれしく思います。

“人の言葉を拾う仕事”に惹かれた理由

私がWebディレクターという職種を知ったのは、前職の同僚に「向いていると思うよ」と言われたのがきっかけでした。
その頃の私はまだ、自分が何をしたいのか、どんな働き方が向いているのか、はっきりわかっていませんでした。
でも、ディレクターという仕事が“人の言葉を拾う役割”だと聞いたとき、胸の奥がふっとあたたかくなったのを覚えています。

誰かが困っている時、気持ちを整理するとき、
私は自然と「聞く側」に回ってしまうタイプでした。
友人に話を聞くのも好きで、会社でも相談されることが多かった。
だからこそ、クライアントの不安や制作側の迷いを受け止め、
その間に橋をかける仕事に魅力を感じたのだと思います。

ただ、その時の私はまだ“支えることの難しさ”を知らないまま。
人の気持ちを受け取ることが得意な自分なら、
ディレクターの仕事もきっとうまくやれるだろう
そんな淡い自信を抱えて、新しい職場へ飛び込みました。

今振り返ると、その出発点はとても素朴で、
少し頼りない、けれどまっすぐな動機でした。
支える仕事を選んだ理由は、きれいなものばかりではない。
でも、その不完全さの中にこそ“はじまりの力”があったように思います。

“気づきすぎる新人”が抱え込んだ壁

入社してすぐの頃、私はとにかく周りの空気に敏感でした。
会議のあとに残る沈黙や、メンバーの表情の変化、
Slackの短いメッセージの裏にある迷い。
そういう“小さな揺れ”を見逃せないタイプだったのです。

その感受性が役に立つ場面もありました。
誰かが困っている時や、チームが乱れそうな時、
いち早く異変に気づいて動けるからです。

けれどその反面、
“気づきすぎる新人”は、自分のキャパ以上に抱え込みがちでもありました。

  • 「私が動いたほうが早いのでは」
  • 「気づいてしまった以上、放っておけない」
  • 「誰かに頼るより、自分で対応したほうがいい」

そんな思考が頭の中を支配するようになり、
気がつけば仕事量も心の負担も増えていました。

今思えば、あのときの私は“支える側”に立ちたいのではなく、
「役に立ちたい私」でいたかったのだと思います。
その気持ちが優しさを空回りさせ、
結果的に自分の首をしめてしまったこともありました。

支える仕事をするには、
“気づく力”と“手放す力”の両方が必要。
そのバランスを知らなかった私が、
最初の大きな壁にぶつかった瞬間でした。

優しさで突っ走った結果、“独り相撲”になった

新人時代、私は「自分ががんばればうまくいく」と信じていました。
チームの雰囲気が悪ければ自分が間に入り、
情報がうまく伝わっていなければ自分が補い、
クライアントが急いでいれば深夜まで対応し……。

でも、ある案件で私は痛感することになります。
「一人で背負う優しさは、役割を歪ませてしまう」ということに。

その案件では、私が抱え込んだ調整が増えすぎて、
チームメンバーに必要な情報が届きにくくなっていました。
私は“誰かを助けているつもり”だったのに、
実際はプロセスを滞らせていたのです。

上司から言われた言葉を、今でも覚えています。

「優しいのはいい。でも、チーム全体が見えていないと自分が苦しくなるよ。」

その瞬間、胸がじんと熱くなり、
初めて“優しさにも技術が必要なんだ”と理解しました。

仕事を支えるとは、
自分の手で全部を抱えることではない。
誰かに任せ、誰かを信じ、
チームという器の中で役割を整えていくこと。

あの頃の私は、
優しさを“量”で補おうとしていたのだと気づきました。
でも本当に必要なのは、優しさをどう“扱うか”という質の部分だったのです。

失敗が、“支える仕事”の意味を教えてくれた

新人時代の私には、失敗の記憶がたくさんあります。
無理をしすぎて次の日に動けなくなったこと。
過度な気づかいで相手を困らせてしまったこと。
自分が背負い込みすぎて、案件が混乱したこと。

そのひとつひとつで、自分を責める日も多かった。
「向いていないのかもしれない」と思ったこともあります。

でも、あの頃の失敗があったからこそ今の私は、
“支えるとは、寄り添うだけでなく、整えることでもある”
と理解できるようになりました。

新人の頃は、優しさを「気持ち」で表そうとしていました。
でも、経験を重ねるほど、
優しさは「選択」で表すものなのだと気づきました。

  • 全部を背負わない選択
  • 自分を守る選択
  • チームに任せる選択
  • 必要なところだけ手を伸ばす選択

その積み重ねが、“支える仕事”の骨格になっていったのです。

優しさは、感情だけでは続かない。
判断と工夫が合わさったとき、
ようやく仕事として形になります。

“はじまり”は、不器用でいい

私は、華やかな動機でWebディレクターになったわけではありません。
誰かの役に立ちたい、という小さな想いから始まり、
その想いが何度も空回りしながら、今に至ります。

新人時代の私は不器用でした。
でもその不器用さが、今の支える仕事をつくってくれました。

これからこの道を選ぼうとしている人へ。
あなたの“はじまり”がどんな形でも大丈夫です。
うまくできなくても、空回りしても、
その経験がいつか、誰かを支えるための力になります。

優しさは、最初から完成していなくていい。
未完成のまま働く時間が、やがてあなたを強くします。
その積み重ねの先に、
“支える仕事”のよさと深さが見えてくるはずです。

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投稿者

藤井 真帆
藤井 真帆
編集プロダクション出身。働き方やキャリア形成をテーマに、Webディレクターやクリエイターの“リアルな悩み”に寄り添う記事を多く執筆。取材経験を活かし、読者の気持ちに近い視点で「働き方を整えるヒント」を発信している。